梨状筋症候群と中国鍼灸
1.概念
梨状筋症候群とは、梨状筋による坐骨神経の絞扼性障害の事であり、1928年にYeomanl.によって報告されされ、1937年にはFreibergによる詳細な報告がなされました。その後、Robinson(1947)によって梨状筋症候群という名称が提唱されました。梨状筋症候群は、坐骨神経領域に痛みを引き起こす疾患であり、Roger M jawish(2010)は、坐骨神経痛を呈した3530例中、梨状筋症候群は26例であったと報告しています。この疾患は一般的にもよく知られていますが、その病態は必ずしも明確ではありません。
多くの手術報告例(K.Indrekvam,2002, ParlakA,2014, PatilJ,2014 NatsisK,2014, KosukegawaI,2006, Jae-Eun Kim,2011,etc.)があるにもかかわらず、その病態の存在そのものに疑義を唱える医師も少なくありません。梨状筋症候群が抱える問題点として、先ず第一に、症候学と理学所見を交えた診断基準が存在しない。第二は、特徴的な誘発試験はあるものの、その特異度と感度が不明である。第三に、現時点では画像診断の精度は高くはなく、坐骨神経出口部における神経と周囲組織との関係が不明瞭であることが挙げられます。
本症の発症には、梨状筋の解剖学破格と坐骨神経の走行パターンが関与しますが、梨状筋だけでなく、上双子筋(西山茂俊ほか,1989)や、内閉鎖筋による圧迫、異所性骨化、ガングリオンン、線維性索状物、血管の異常走行、あるいは、坐骨棘・坐骨結節付近での圧迫など、様々な原因が報告されています。したがって、臨床的には、骨盤出口での坐骨神経の圧迫性障害を総称して「梨状筋症候群」と呼ばれていると言えます。このことが、梨状筋症候群の病態を不明瞭なものにして、診断基準すら作れない状況を作っている要因になっていると言えます。
臀部及び下肢痛が術後に回復したとする多くの報告例から、明らかに梨状筋症候群は存在すると言えます。しかし、梨状筋以外にも、坐骨神経の骨盤出口付近における股関節外旋筋群やその他の構造による絞扼性障害が存在し、その症状として臀部および坐骨神経領域の痛みやしびれ感が生じます。したがって、「外旋筋群症候群;lateral rotator grup syndrome(ogawa)」または、「骨盤出口症候群(川谷,1998)」、「pelvic outlet syndrome(Hopayan,1999)」などと呼称することが妥当であると言えますが、検討はされていないようです。
病態に関わるもう一つの問題点として、「梨状筋症候群は坐骨神経痛を主症状とする疾患ではない」、とする意見があります。その根拠として、神経線維そのものは痛覚の受容器ではなく、神経を圧迫しても痛みは生じないとするものです。これは、椎間板ヘルニアの病態にも言えることですが、ヘルニアが神経を圧迫しても坐骨神経痛が生じない事実と同じです。しかし、この意見には重大な誤りがあります。これは、正常な神経を単純に圧迫した場合の現象です。神経そのものに炎症などの異常がある場合や、圧迫などの刺激を継続的に受けた場合には、圧迫などの刺激によって痛みを生じることが実験的にも確認されています。また、椎間板ヘルニアによる痛みの直接の原因は炎症による神経根の浮腫であり、単に、ヘルニアによる神経の機械的圧迫そのもので起きるわけではありません。
また、絞扼性神経障害一般に言えることですが、神経伝導速度に変化が認められない場合や、手術の際に、神経を圧迫している器質的所見が確認できず、肉眼的には神経自体の病変が認められないことが時々あります。このような患者の場合、当然ながら、手術後の成績は不良です。これらの症例が本症の病態や診断を不明瞭にしているとも言えます。個人的意見としては、このような症例の原因として、同一神経が複数の部位で軽度に圧迫される、“double crush syndrome またはdouble lesion neuropathy”ではないかと推測しています。それぞれの部位ではsubclinicalな状態であっても、軸索流の障害によって神経の易損性が生じているため、絞扼に関与する筋群の緊張や刺激によって症状が現れるものと推測されます。また、軽度の圧迫であっても、複数の部位における絞拓が複合することで神経の伸延性が抑制されて易損性が亢進していることも想像できます。症状は何れかの部位に発症するものの、個別のポイントにおいては確定診断に至らない程度であると考えられます。但し、double lesion neuropathyは実験的にも証明されていますが、神経が障害されると神経線維の広い範囲で易刺激性が亢進するため、末梢の絞扼ポイントにも圧痛やTinel徴候が見られることに注意する必要があります。
臨床的には、同一の神経上の数カ所において、軽度の絞扼性神経障害が合併していると考えられる患者はむしろ多いのです。例えば、腰痛に梨状筋症候群と腓骨管症候群が合併する例は少なからず存在するため、腰椎疾患による放散痛や神経根症状との鑑別には苦慮します。しかし、明らかに腰椎症性神経根症と思われる患者であっても、梨状筋症候群の徴候が有る場合には、臀部の筋群への治療を加えることで下肢の症状は確実に軽減します。中山も、腰椎椎間板ヘルニアと梨状筋症候群との合併は少なからず存在すると記しています。また、頚椎症に胸郭出口症候群、手根管症候群、およびGuyon管症候群などが合併することも、日常的に経験されることです。局所麻酔による手術の際に行った調査では、正常の神経根への刺激では9‰の患者にしか坐骨神経痛が誘発されなかったのに対し、圧迫、伸長、あるいは腫脹した神経根では90%に再現されています(Kuslich,1991)。また、ネコの脊髄後根にクロミックガットの糸を緩く巻いた慢性的圧迫の実験では、圧迫部位に炎症性肉芽が発生して神経綿維は髄鞘を失い、一部は軸索変性を起こし、この部位への軽度の圧迫で持続的なインパルスが発生しました(Howe,JF.et al,1997)。つまり、慢性的に圧迫された後根および末梢神経は後根神経節の急性圧迫と同様の反応を示した考えられます。
2.病態生理(機序)
坐骨神経と梨状筋の関係についてはBeatonの調査が有名であり、その分類の、A型では90‰(240側中216側)が梨状筋の直下より大腿に出現します。このタイプは、一般的な解剖学書に記されているものと同様です。一方、梨状筋症候群を起こす可能性があるのは、坐骨神経が分枝して異常な走行をしている場合です。B型では、梨状筋が2つに分枝して頭側の枝が梨状筋を貫通しています(17側,7.1%)。C型は、逆に分枝した坐骨神経の間を梨状筋が走行しているタイプ(5側,2.1%)です。D型は、分岐しない坐骨神経が梨状筋を貫通するタイプ(2側,0.8%)です。F型は理論上の型で、梨状筋の上縁から坐骨神経が出て筋の上を下降するタイプですが、調査では認められませんでした(但し、国内には手術報告例有り)。国内における千葉(1992)による成人257体514側の調査によって、梨状筋の貫通タイプを13型33亜型に分類しており、その中で、正常例は309側(60‰)でした。一方、梨状筋の貫通例は195側(38%)で、そのうちの176側で総腓骨神経が貫通していました。坐骨神経の分岐は様々であり、このように梨状筋の手前で総腓骨神経が分岐して梨状筋を貫通し、この総腓骨神経が絞扼されていた症例が報告されています。なおこの調査では、単一神経を構成する全成分が梨状筋を貫通するケースは1例も認められませんでした。
しかしながら、本症は梨状筋貫通部だけではなく、前述したように上双子筋や内閉鎖筋、および坐骨棘・坐骨結節付近での圧迫など絞扼部位は複合的であり、広範囲に及んでいるものが多い。原田ら(2009)による梨状筋の手術でも、内閉鎖筋の切除を行っているとともに、双子筋や内閉鎖筋よりも遠位における絞扼の可能性を指摘しています。
3.症状(診断)
症状は、腰仙部椎間板ヘルニアないしは、腰椎症性神経根症とほぼ同様で、下肢の痛み、しびれ感やだるさです。 SLR(Lasegue sign)も陽性となることが多く、圧痛点も同様であるため、症状や理学的所見のみでの鑑別は困難です。これらの所見と同時に、梨状筋を緊張させる誘発試験が陽性となることが本症診断の助けとなります。腓骨神経麻庫などの運動麻摩は通常見られません。