脊髄損傷の鍼灸治療

1.概念

現代医学において、脊髄損傷に対する有効な治療法はまだ確立されていません。また、同じように東洋医学においても、脊髄損傷に対して再生させるような治療はありません。今のところは、再生医療、iPS細胞による治療を待たなくてはならない状況です。

1906年にノーベル賞を受賞したスペインの科学者カハールによると、「一度損傷した生体哺乳類の中枢神経系は再生しない」と言われいます。しかし、1998年、慶応大学の岡野栄之教授らによって、成人の脳に神経幹細胞があることが世界で初めて発見され、この細胞を用いることで中枢神経系の再生が可能であることが立証されています(ただ、ラットやコモンマーモセットという小型サルの臨床実験の基礎研究レベルであり、ヒトではまだ臨床実験が行われていません)。
2013年3月22日、横浜で開催された日本再生医療学会で、ヒトiPS細胞による脊髄損傷の臨床研究を2016年度末に始めることを目指すことが発表され、まずは、治療効果が高く見込まれる損傷直後の患者を対象とし、治療が難しい慢性期の患者にも20年までに臨床研究を開始する予定のようです。
  まだまだ、臨床研究が始まったばかりであり、慢性期の治療などにも課題がありますが、脊髄損傷が治癒する時代がそう遠くないところまできています。そのような状況のなかで、中国伝統医学においては、リハビリテーションと同じく、残存機能を最大限に発揮させるよう、固まった筋肉や靭帯、組織に刺激を効果的に与え(入力)、拘縮を予防し、かつ脳に対しても頭皮鍼(頭皮に鍼を刺す)により刺激し、活動性を維持できるよう治療を行っています。鍼では手では届かない深部の筋への施術を行うことが出来、深部に存在する靭帯や腱、神経などに刺激を与えることが出来ます。

脊髄損傷

脊髄が損傷を受けると損傷脊髄神経支配節以下の四肢、体幹に対称性の運動麻痺および感覚障害を来たすと同時に、膀胱直腸障害などの自律神経障害も併発します。胸腰髄損傷のときには対麻痺(paraplegia)、頸髄損傷のときには四肢麻痺(quadriplegia,tetraplegia)の障害像を呈することが多いようです。脊髄の可塑性(回復性)は極めて不良であるため、発展した近代医療を駆使しても恒久的な障害を残すことが多くあります。

ただ、そのような状況下において鍼灸治療は、残存機能を最大限に発揮し、麻痺を生じている部位における刺激の効果的な入力によって、QOLの維持・改善に少なからず貢献できるものと考えています。

過去においては、対麻痺者は、社会復帰が困難でしたが、現在では質の高い社会復帰は可能な時代が到来しています。車いすでの就労という条件であるため、職種には制限がありますが、以前のような障害者に対する閉鎖的な状況は減りつつあります。一方、四肢麻痺者では、未だ家庭復帰のレベルでの問題が大きく、就労は困難な状態が続いています。リハビリテーションの基本は、受傷後よりの二次的に発生する合併症を可及的に防止しながら、残存機能を最大限に発揮し、形態・機能障害(impairment)、能力低下(disability)などの各レベルに応じたものを系統的に加えていきます。

2.原因と病態

 脊椎の脱臼や骨折によって脊髄が圧迫されることによって起こります。頸椎ではもともと脊柱管が狭くなっている人や頸椎後縦靭帯骨化症や頸椎症などで脊髄の圧迫が存在している人が転倒などによって衝撃が加わることで脊髄損傷が生じることがあります。

3.治療

 本治療院では王修身先生の治療と同じく、芒鍼(長鍼)を用い、透刺法にて施術を行います。長鍼ならびに透刺法を活用することで神経(東洋医学では“気”)の促通を図り、血流改善ならびに拘縮の予防、筋肉の柔軟性を促します。

芒鍼療法

芒鍼は特殊な長鍼で、一般的に細くて弾力性に富んだステンレスで作られます。細長くて麦芒のような形をしているところから芒鍼と名づけられました。芒鍼は 古代「九鍼」の「長鍼」が変化してできたものです。『霊枢・九鍼論』には「八に長鍼・・・長さ7寸で、深くて久しい痛みを治療する」と記載されています。
よく使われる芒鍼は5~8寸ですが、1尺以上のものもあり、2尺の鍼が使われることもあります。芒鍼は鍼体が長いので深く刺鍼でき、決まった刺激方法を 使って穴位を透刺し、経絡と神経、体液に通経接気の作用を起こし、自律神経と大脳皮質を調整することによって身体の積極的要素を変化させ、病気に対する抵 抗力を高めて疾病を治癒させます。
 芒鍼療法は取穴が少なく、透穴が多くて鍼感が強いという特徴がありますが、操作法が他の鍼と異なって少し複雑なため、練習が必要な手技でもあります。

治療の特徴

〔作 用〕芒鍼療法には経絡を流通させ、人体臓腑の機能を調整する作用があります。例えば芒鍼を鳩尾や膻中に刺入すれば、上焦と全身の働きを調節できるので、頭 部や精神疾患を治療できます。中脘に刺入すれば、中焦と全身機能を調節でき、消化系統の疾患を主治します。水分や陰交に刺入すれば下焦の機能を調節できる
ので、泌尿や生殖器系統の疾患を治療できます。

〔選穴〕芒鍼療法の選穴では、吟味したものを少なく取穴するので、一般に1~2穴を取穴することが多い。例えば坐骨神経痛には環跳、喘息には天突、腰痛には帯脈などを取穴します。

〔鍼 感(ひびき)〕芒鍼療法は早く気が得られ、鍼感が強く、気の伝導が速い特徴があります。また必要に応じて、異なる方向に鍼感を伝導させることができます。 例えば気海穴に異なる刺鍼法や手法を使うことによって鍼感を上行させたりでき、秩辺穴に異なる手法を用いるとともに刺鍼方向や深度を変えれば、鍼感を下肢
に放散させたり、肛門に向かわせたり、会陰や尿道に拡散させたり、下腹部に放散させたりできます。

〔鍼法〕芒鍼療法では一鍼多穴法を使用します。 つまり、一本の鍼で複数穴に透刺します。本経のみの透刺では、例えば小児麻痺では督脈の長強から命門への透刺、命門から至陽への透刺、至陽から大椎への透刺をします。表裏経の透刺では、関節炎に胆経の膝陽関から肝経の曲泉へ透刺します。異経透刺では、肩関節炎に条口から承山に透刺します。(参考文献:『中 華特殊鍼』)

王修身老師の芒鍼法は、特異的で透刺法も独特です。三通法の中で解釈すれば“強通法”に属すると考えられます。それほど、 気を通す力があり、神経や血の巡りを促します。麻痺の患者さんに対しては有効的な治療法であり、その効果にはすばらしいものがあります。『鍼灸三通法』の中では、強通法は“刺絡療法”を指していますが、長鍼や大鍼を含め芒鍼法も強通法の範疇に入るものと思われます。

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