肘部管症候群と中医鍼灸〔尼崎〕

1.概念


 肘部管症候群(Cubital tunnel syndrome)または肘部尺骨神経ニューロパチーは、fibro osseus tunnel内における尺骨神経の圧迫障害として、FeindelとStratford(1958)によって紹介されました。本症は、尺骨神経溝から尺側手根屈筋の2頭間(Osborn’s band)の入り口および出口までの肘部管内で尺骨神経が圧迫・絞扼されて生じた神経障害で、手根管症候群と並ぶ絞扼性神経障害の代表的な疾患です。Justin M.Brown(2010)やKleinman WB.(1994)らは、前述した、Struthers’Arcadeを肘部管の最上位のsegmentとし、この還位である、内側筋間中隔と上腕三頭筋内側頭間、および尺骨神経溝まで、さらに、Osborn’s band と浅指屈筋(薬指)の腱膜下の、計6 ヵ所の絞扼部位を3つのsegmentに分類しています。

 一般的には、肘部管症候群の名で総称されてはいますが、手術例では上腕骨内側上顆の切除術が多く尺骨神経溝における圧迫例か中心となっており、狭義の肘部管での絞扼は少ないと言えます。これらの報告例は、小児期の肘部の骨折後に生じた外反射による遅発性の尺骨神経麻痺や、変形性肘関節症における骨棘や尺骨神経溝の狭窄などが原因の多くを占めています。手術は上腕骨内側上顆切除(epicondylectomy)と神経移行術であり、様々な術式が見られます。

 通常、運動麻痺が明らかな症例では早期の手術治療が必要であるとされ、術後の成績は良好であると言われていました(Gokay NS, 2012)。しかし、全epicondylectomyの問題点を改善するための方法である、部分内側epicondylectomyの効果を調査した80症例(80肘)の後ろ向き評価(retrospective evaluated)では、重度障害患者(McGowan グレードⅢ病変)の66.7%が改善し、患者の86.2%で少なくとも1つのMcGowanグレードの改善が認められたと報告されています。この手術法では、尺骨神経麻痺、尺骨神経亜脱臼や内側肘の不安定性は認められませんでした。ただし、45%の患者は6ヶ月のフォローアップで軽度の痛みを報告しています。

 著者の結論として、部分内側epicondylectomyは安全かつ信頼性が高いと述べています(Efstathopoulos DG,2006)。他の研究でも、epicondylectomyによる再手術例の存在や、再手術後の成績が必ずしも良好でないことが指摘されています(Aleem AW, 2014)。

 尺骨神経皮下前方移行術と内側epicondylectomyおよび減圧術の比較でも、平均尺骨運動神経伝導速度、握力およびピンチ強度は、2グループ間で有意な差は認められなかったと報告されています(CapoJT,2011)。また、簡単な減圧、内側上顆切除術、神経の前方移行術(皮下、筋肉下または筋肉内)、および内視鏡的減圧術を含む、42研究のシステマティックレビュー(無作為化試験、比較観察研究を含む)でも、患者の満足度と手術法に関連性は認められなかったと報告されています(Macadam SA,2009)。神経移行術よりも、シンプルな減圧術のみが効果的だとする報告は他にも多く認められます(Kleinman WB,1999,Chung KC,2008,Macadam SA,2008)。簡単な減圧術のみで、合計40名中28名(70‰)が後遺症なく優れた成績であったとする報告もあり(Filippi R,2002)、内側上顆の切除に意味があるかは疑問です。

 さらに、66名の特発注の肘部管症候群患者(McGowan classification:17名;in grade I,47名;in gradeⅡ,2名;in grade Ⅲ)を対象にした、小皮膚切開の効果を調査した研究(Jeon IH, 2010)では、患者の80%が結果に満足しており(range:12-60 months)、簡単かつ安全で効果的な方法であると報告されています。皮膚の切開のみで同様の効果が得られるのであれば、病態のメカニズムの再検証も必要になります。このように皮膚切開を含む簡単な減圧術、内側上顆切除術、尺骨神経の筋肉下および皮下への移行術の、最適な術式と組み合わせについての統一見解はありません。また、RCTによる治療効果の評価や長期的な効果についての検証も不十分であると言えます。このように、肘部管症候群(CubTS)の病態生理にはまだ多くの論争があります(Ochi K,12014)。

 鍼灸師にとって興味深い知見として、64名の肘部管症候群患者の手術時の調査結果で、絞扼部位は主にOsborn’s bandであったとする報告があります(Justin M.Brown,2010)。以上の知見を総合し、小川氏は、内側筋間中隔と上腕三頭筋内側頭間、尺骨神経溝、Osborn’s band、および浅指屈筋(薬指)の腱膜下の計4ヵ所を絞扼ポイントと捉え、尺骨神経溝を除く3部位を鍼灸治療の目標として重視しています。例えるならば、尺骨神経溝は滑車であり、神経が走行の方向を変えるためのガイド的存在であると言えます。外反肘などの変形によって、滑車部分に負荷が生じている場合には神経移行術は必要であると言えますが、絞扼性障害では、尺骨神経溝ではなく、その上下の絞扼部位における複合的な圧迫が要因として重要であると考えられます。中でも、Osborn’s bandが最も重要であり、この筋膜の切除だけで良いとするOsborn G,(1970)の主張に同意するとともに、この筋膜に緊張をもたらす、尺側手根屈筋の過緊張の緩和が治療上重要であると言えます。

※イラスト:浅原実郎『解剖からアプローチするからだの機能と運動療法 上肢・体幹』

2.病態生理・機序

屈筋支帯

 

 肘部管(cubital tunnel)とは、上腕骨内側上顆を前側とし、外側は尺側上腕靭帯、後内側は尺側手根屈筋のニ頭聞の腱膜で覆われた線維性のtunnelです。Justin M.Brownらは、前述した、Struthers’s Arcadeまでを肘部管と捉えて肘部管症候群に含めていますが、前述したように、Struthers’s Arcade の末梢に位置する、内側筋間中隔と上腕三頭筋内側頭間を狭義の肘部管に加えて肘部管として扱います。

 尺骨神経は、尺骨神経溝の手前で内側筋間中隔と上腕三頭筋内側頭間を走行する際にも圧迫されます。その後、尺骨神経溝を走行する際に肘頭と内側上顆を結ぶ支帯の下を通過します。この部位では、神経上膜の外周との間で脂肪組織をほとんど含まない疎性結合組織の層と鞘で包まれており、神経溝の筋膜や骨膜と緩く結合しています。さらにその末梢側では、内側側副靭帯を床面として尺側手根屈筋の2頭筋を結石比較的厚い腱膜でできたarcadeを屋根とする狭義の肘部管(Osborn’s band)を通過します。また、一部の研究者(Kleinman WB,1999)が指摘するように、浅指屈筋(薬指)の腱膜も絞扼原因となります。したがって、前述したように、絞扼を受ける部位は内側筋間中隔と上腕三頭筋内側頭間、尺骨神経溝、Osborn’s band、および浅指屈筋(薬指)の腱膜下の計4ヶ所に分類します。

3.症状と診断

 小指・環指のビリビリ、ジンジンする痛み。尺骨神経支配域(小指及び環指尺側半分掌側から尺側掌部)に限局する知覚鈍麻、しびれ感、および同部の発汗障害。小指外転筋、背側骨間筋、母指内転筋の筋力低下と萎縮、小指・環指の深指屈筋、尺側手根屈筋の筋力低下。

 軽症例では、肘の屈曲を制限するだけで軽快することもありますが、本症の70%に筋萎縮が認められたとも報告されています(貞廣他,1986)。外反肘や変形性肘関節症などの器質的要因が強く、急激に運動麻痺が進行する者や、尺骨神経麻痺が長期間に及んでいる症例では手術が適応となります。しかし、特発性の本症の場合には最適な手術法はなく、その効果も明確ではありません。小川氏は、外傷、外反肘や占拠性病変を原因とするもの以外であれば、鍼治療の効果は高く適応であるとしています。

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