パーキンソン病(PD)と中国伝統鍼灸治療

 

 パーキンソン病はゆっくり進行していく病気で、昔は「発症10年で寝たきりになる」と言われていましたが、薬物療法など現代医学の治療法の発達に伴い、寝たきりになることは過去の話となってきています。

 パーキンソン病は、中脳の黒質で神経伝達物質のドーパミンを作る細胞が減り、体の動きなどに障害が出る病気ですが、なぜ細胞が減ってしまうかについては分かっておらず、根治を望める治療法も確立していません。そのため、現在、難病に指定されています。

 パーキンソン病に対して鍼灸施術や湯液などの東洋医学は症状寛解並びにQOL向上に期待できる治療法ですが、西洋医学と同様、東洋医学においても根治を望めるものではありません。本院での治療成績や鍼灸の研究論文から一定の症状コントロールが期待でき、鍼灸施術を受けることによる効果は以下の3つに集約できると考えています。

1.パーキンソン病に対する鍼灸治療の目的

1.QOL・ADLの維持・向上

 パーキンソン病は筋固縮・動作緩慢・振戦・姿勢反射障害などの「運動障害」が主な症状を呈する疾患ですが、その他、認知機能障害・精神症状・自律神経障害・睡眠障害など「非運動性徴候」もみられます。自律神経障害の中には、便秘・起立性低血圧・発汗障害・膀胱障害・性機能障害などがあり、特に頻尿を中心とした膀胱障害は本病患者さんに多く認められ、生活の質の低下の大きな原因となっています。

 鍼灸施術は、水嶋氏の研究では「運動症状(障害)、姿勢保持能力向上に効果がある」と結論づけており、私的治療経験上においても運動障害」に一定の効果があると感じています。患者さんの多くは前傾姿勢となり、頸肩部や腰背部に緊張がみられ、頭頚部の痛み、腰痛を訴えられます。各部位の深部まで施術が可能な本院の鍼施術では、罹患部の直接的アプローチを行うことができ、痛みの緩和のみならず、筋緊張緩和によるスムーズな筋関節運、歩行、バランスの取れた姿勢を獲得することができます。

 薬物療法では薬効が“全体的”に作用させることはできますが、愁訴がひどい関節や筋肉などの“部分”に対して選択的に強く作用させることは難しく、鍼灸治療はその各愁訴の“部位”に強く作用させることができます

 鍼灸治療は、運動症状に限らず非運動性徴候にも期待できます。特に鍼灸治療は自律神経を介して内臓や精神に作用させることができ、自律神経の調整は、鍼灸の治効理論の中心的役割を担うものです。また、本院での鍼施術では、比較的使用する本数が多く、頭頚部への施術も行うため、睡眠障害等にも効果が期待できます。

 病気の進行とともに膀胱障害に悩まれる患者さんは増え、パーキンソン病と膀胱障害における東邦大学医療センターの研究論文においても「27~64%に膀胱症状がみられ、健常対照群より有意に多くみられた」とされています。特に夜間頻尿に悩まれる患者さんが多く、生活の質の低下を招く一因となっています。また、上記論文においては、「膀胱障害は運動障害、年齢、便失禁との間に相関がみられた」とし、運動障害がひどい人ほど頻尿の程度はひどくなる傾向があります。身体がスムーズに動かなくなるのと同様のメカニズムが膀胱でも生じている可能性が指摘されています。

 鍼灸治療において、便秘や排尿障害を扱うことはありますが、症状がひどくなるにつれ鍼効果も比例して効能がみられにくくなります。この結果は本院における治験ですが、そのような場合は、頻尿に一定の効果のある抗コリン薬や湯液など薬物療法を上手く利用して少しでも生活の質を維持できるよう患者様とは相談をさせていただいています。

2、薬効を高める(減薬)

 動物を中心とした研究ですが、鍼灸施術によりドーパミン量が増える報告があります。ただ、鍼灸施術で生じる脳内物質の変化は薬物療法に比べればごくわずかであり、薬物の代わりになるものではありません。抗うつ薬と鍼治療の併用効果を検討した動物実験では、抗うつ薬単独で治療した群よりも、併用した群の方が少ない投与量で高い抗うつ効果を示した研究もあり、薬物は異なるものの鍼施術を併用することで少ない投与で効果が期待でき、薬物の副作用を軽減させる可能性があります。

 特に、パーキンソン病は進行性の病気であり、病気の経過とともに薬の効き目も影響が出てくることがあり、薬の種類や投与量も増える傾向性があるため、鍼灸施術の併用による意義はあると考えます。

3、進行抑制効果

 福田、江川氏の「パーキンソン病に対する鍼治療の臨床効果に関する研究」において、薬物療法と鍼灸療法の併用は、パーキンソン病の進行抑制に効果があると結論付けています。この研究はランダム化比較試験による検討であり、研究の信頼性も高い。研究レベルでない限り、臨床レベルでは進行抑制を評価することは難しく、本当に進行を抑制できているのかを判断できません。鍼灸治療を行っている群と行っていない群による比較が必要であり、そのような評価は研究機関でさらにエビデンスの集積を図っていただきたいと思います。

 患者さんへの施術を通し、鍼灸は日常生活の質の向上に貢献できると確信していますが、それは鍼灸以外にも言えることであり、運動療法やリハビリ、生活習慣による取り組みに対しても同様の効果が期待できます。


2.パーキンソン病に対する鍼灸治療の実際

1、頭鍼療法
 脳血管障害後遺症や認知症、進行性核上性麻痺など脳の病気を中国では一般的に「脳病」と称し、頭部へ鍼を行う「頭鍼療法」を施します。

 頭鍼は頭皮上の経穴(ツボ)に対して刺鍼することにより疾病を治療する比較的新しい治療法で、1950年~1970年初頭に登場しました。言うなれば、中国伝統医学の理論と西洋医学の知識を融合した「中西合作療法」で、リフレクソロジーや耳鍼と同じ「全息療法」の一つになります。

 中国には、焦氏や方氏、朱氏の各流派が存在していますが、日本でもまた別の流派が興隆しています。伝統医学を重んじる本院では、世界的スタンダードとなっている朱明清氏の方法を踏襲し、治療に活用しています。

 中国の研究では、「頭鍼療法を行うと大脳皮質の血流が改善する」結果が報告されており、脳の活動性が向上し、パーキンソン病をはじめ頭病全般に効能がみられる根拠としています。

2、体鍼
 頭部への鍼とともに重要な部位として罹患部および臓器への施術です。鍼は罹患局所の深部へ治療を行うことができ、最も力を発揮することができる治療です。

 パーキンソン病は前傾・前屈姿勢となりやすく、頭頚部では頭が前方に突き出し、頸部が過度に反る状態がみられます。胸部は猫背となり、腰部は腰曲がりを呈します。このような姿勢は重心が前方移動し、転倒リスクを高めます。

 



 頸部では頭半棘筋、頭・頸板状筋、後頭下筋群への施術を中心に行い、胸部では胸最長筋、胸半棘筋を中心にアプローチを行っていきます。また、腰部については、歩行にも影響する腰深筋である「大腰筋」「腸骨筋」へ施術を行っていきます。

 特に腰部深層筋の筋肉は異常に緊張しており、硬くなっていることが多く、鍼治療は奏功します。



3.パーキンソン病と養生

 鍼灸治療の効果および持続効果についての質問を受けることがありますが、鍼灸治療の効果は直後から数日間は特に持続し、生活機能の向上に寄与することができます。

 ただ、鍼灸治療はマジカルな治療法ではなく、治療効果が永続的に向上ないしは持続するものではありません。定期的な鍼灸刺激を介入することでその効果を一定程度維持させることはできます。

 リウマチと鍼灸治療の研究では、鍼灸治療の累積効果を謳っているものもありますが、効果もプラトーが存在すると考えており、効果の限界は存在します。

 特にパーキンソン病は進行性の病気であり、徐々に症状も進むことが考えられ、患者さんの年齢や罹患年数、重症度(ホーン・ヤール)、薬物療法の種類により、鍼灸反応の出方や効果の持続時間等については個人差がみられます。

 鍼灸効果を少しでも持続、向上させるためには、リハビリや運動療法など日常生活での取り組みが非常に重要で、体操や運動などを行っていない方との効果の差異は大きくなります。少しでも快適な生活が送れるよう是非、パーキンソン病体操、リハビリ等の運動療法を辛抱強く、継続的に行っていただきたいと思います。

 また、食養生も重要であり、「カフェインはパーキンソン病の予防効果があることが複数の研究論文で発表されており、少なからず予防効果もあると考えられます。研究の中では、患者のカフェイン濃度は健康な人の1/3程度しかなく、また同じ量のカフェインを摂取しても患者の血中濃度は健康な人ほど高くならなかった結果が出ています。パーキンソン病の患者は小腸でのカフェインを吸収する力が弱く、血中濃度が低くなり、発症リスクが高まることが指摘されており、鍼灸施術は腸運動を刺激することができることからカフェイン吸収力にも好影響を与えることができると考えます。

 

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