機能性ディスペプシアと中国伝統鍼灸


 ここ数年、薬が効きにくく、治療法が確立していない胃の不調(胃痛や胃のもたれ感など)を引き起こす病気として、「機能性ディスペプシア(FD)」が増加しています。胃カメラやレントゲン、血液検査など様々な検査を行っても異常がみられないため、薬物療法においても改善効果が得られにくく医師にとっても治療が難しい疾患の1つともいわれています。

 機能性ディスペプシアは代表的な機能性消化管障害(FGID:Functional gastrointestinal disorder)の1つであり、症状の原因となる器質的、全身性、代謝性疾患がないにもかかわらず、慢性的に胃もたれや心窩部痛などの心窩部を中心とする腹部症状を呈する疾患と広く定義されています。比較的新しい疾患概念で、かつては「胃アトニー」や「胃下垂」、「胃痙攣」、「慢性胃炎」、「神経性胃炎」の範疇に含まれていました。

 ストレスと関連があり、QOLの著しい低下がみられますが、その明確な原因はいまだ不明です。 


1.機能性ディスペプシア(FD)と鍼灸治療

 現代医学における治療は、ストレスのコントロールや規則正しい生活、暴飲暴食の是正、禁煙など生活指導とともに薬物療法が基本となります。
 
 薬物療法の初期治療では消化管運動機能改善薬または酸分泌抑制薬が用いられ、二次治療では抗不安薬や抗うつ薬、漢方薬が用いられ、ピロリ菌陽性の場合、まず除菌療法を行います。一般的によく処方される薬物としては、「タケプロン」や「ネキシウム」などのPPI(プロトンポンプ阻害薬)で、胃酸の分泌を強力に抑制する薬剤です。市販薬としては購入することはできません。同じ酸分泌抑制の働きのある薬剤として、古くから使われている「H2ブロッカー薬」(有名なものとして「ガスター10」がある)が有名であり、薬局やドラックストアで購入することができます。

 なお、本院の通院患者さんの中にはピロリ菌の除菌後にFD症状を発症した方もおり、除菌薬がトリガーになるケースもありますので、注意が必要です。1990年代の欧米の研究では「除菌によって逆流性食道炎が増加する」との懸念が発表されており、臨床医学及び研究レベルで、ピロリ菌除去によるFDおよび逆流性食道炎の発症のケースがあるようです。ただ、ピロリ菌除去による胃癌発症抑制や消化性潰瘍の予防など除菌効果があるため、陽性の場合は除菌が勧められます。

 鍼灸施術における刺激は、主な治効機序として「体性-自律神経反射を介した臓器機能の調整」が考えられており、鍼やお灸による体性感覚神経の興奮が交感神経および副交感神経の活動を変化させることにより、ストレス等により生じた胃運動障害を改善する可能性が論文等でも指摘されています。

 機能性ディスペプシアは、何か1つのことが原因で発症するというより、いくつかの要因が複雑に絡み合って発症する多因子疾患と考えられています。

 本院では、鍼灸治療効果を最大限に引き出す治療法として柳谷素霊先生の「自律神経調整刺鍼法」、いわゆる中国医学における華佗夾脊穴を利用した治療を行っています。背骨に沿って自律神経は走行しており、背骨の際に鍼刺激を行うことで、直接的に自律神経系統の調整を行っています。脊髄神経は左右一対ずつ分岐し、椎間孔から脊柱管外へ出ていき、一部の神経は交感神経幹を成し、胸椎レベルから腰椎まで縦につながり、自律神経を構成します。背骨に沿って刺入することによって、自律神経幹付近の神経を刺激することによって自律神経を直接的に刺激する狙いがあります。




 また、箱灸など灸法も併せて行うことで相乗効果を狙い、胃部の痛覚過敏、運動機能の低下を是正し、胃の本来の生理的機能を回復させ、痛みや不快感、運動低下の改善を図ります。1回の治療で奏功するケースもありますが、時間経過とともに症状が再燃することもみられます。鍼灸刺激をコンスタントに行うことで、徐々に元の神経系統の活動に戻っていくため、数か月の治療が必要となることもみられます。特に、FDの病態の根底には「自律神経の失調」がみられ、鍼灸治療は漢方治療と同様に効能が期待できます。

 本院では、湯液(漢方)との併用を進めています。本場中国の治療同様、内から治す「内治」(湯液)外から治す「外治」(鍼灸)が本来の中国医学(東洋医学)としての治療であり、鍼灸治療効果を上げ、持続効果、症状が奏功することが多いためです。




2.診断・鑑別

 FDではディスペプシアとよばれる上腹部を中心とする4症状がみられ、これらの症状は主に運動機能異常と内臓知覚過敏によってもたらされると考えられています。

 〔食後愁訴症候群(PDS)〕 運動機能異常:食後のもたれ感早期満腹感 

 〔心窩部痛症候群(EPS)〕 内臓知覚過敏:心窩部痛心窩部灼熱感

 こうした症状が、週1~3回(PDSは3回/週、EPSなら1回以上/週)、6ヵ月以上前に出現し、とくに3か月以上にわたって慢性的に続き、内視鏡検査や血液検査などで胃粘膜や十二指腸粘膜の異常、全身性疾患が認められない場合、機能性ディスペプシア(FD)と診断されます(ローマ基準)。

 この診断基準に照らした場合、最低でも3か月もの長い間、つらい症状を我慢しなければならず実情に即していないため、2014年のガイドラインでは診断基準に幅を持たせ、症状期間を限定せず「慢性的」に生じている場合をFDと診断するとしています。

 なお、日本では診断基準に基づいた上で、2013年から健康保険で診療できる病気となっています。




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