心(メンタル)の不調と伝統中医鍼灸

 メンタルヘルスと鍼灸施術
 一般的にセロトニンは、うつや不安など感情や情動的な部分と深く関係していることが報告されています。「うつ」や「痛み」を有する患者のセロトニン量は減少していることが報告されていることから、うつ症状がみとめられる患者や慢性痛の患者に対して、セロトニンの取り込み阻害を目的とした SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors)などの抗うつ薬が用いられています。
 一方、鍼灸に関する研究では、動物を中心に鍼灸刺激を行なった際の、脳や脊髄でのセロトニン量変化が幅広く報告されており、背側縫線核や線条体などを中心にセロトニン量が増加することが知られています。このことから、SSRI などの薬物と併用しながら鍼灸治療をおこなえば、不安や痛みなどの症状をコントロールできる可能性がより高くなります。ただ、鍼灸治療で起こる脳内物質の変化は、薬物治療に比べればごくわずかであり、薬物の代わりになるものではありません。しかしながら、抗うつ薬と鍼治療の併用効果を検討した動物実験では、抗うつ薬単独で治療をした群よりも、抗うつ薬と鍼治療を併用した群の方が、少ない投与量で高い抗うつ効果を示したとの報告があります。

 メンタルヘルスとは直訳すれば「心の健康」を意味します。世界保健機関(WHO)はメンタルヘルスを「人が自身の能力を発揮し、日常生活におけるストレスに対処でき、生産的に働くことができ、かつ地域に貢献できるような満たされた状態(a state of well-being)である」と定義づけています。
 補完・代替医療である鍼灸医学は、予防医学、心身医学を根底におく医学であり、心身のアンバランス状態を調節することができます。
 心の不調が増えている現代社会において、「メンタルヘルスケア」、「心療鍼灸」としての役割が期待されています。

鍼灸施術

 本院でも多くの方に来院いただいております。心の不調は、深刺によるは中国鍼灸がよく奏功し、身体の調和が心の調和へ結びつき、施術後の顔の表情、声の大きさ、足の運びなど変化がみて取れます。刺激量や本数によりますが、心地よい身体の重さがありますが、その後、時間とともに「気血が流れ」、身体が軽くなり、温かくなっていきます。ほとんど患者さんで睡眠の質が上がり、よく眠れるようになります。

 本院に来られている患者さんの多くが、薬物療法を行っており、かなり強い薬を飲まれています。
 来院の理由の多くが、薬物依存の不安から減薬を希望され、上手く症状をコントロールすることで症状の悪化や減薬に結び付いています。ただ、減薬については、勝手に行うことは出来ませんので、主治医の先生と相談の上、慎重に行っていただいています。また、外出できない方もおられますので、その際は往診にて対応をさせていただいています。特にコロナワクチン後遺症で心身ともに不調がみられる方もおり、それぞれの状態を鑑み、対応させていただいています。

 本院で行っている施術は、「自律神経調整の鍼」と「脳病調整の鍼」により気を循環させ、灸施術と合わせて全身の気血を動かしていきます。

自律神経調整の鍼灸施術

 本院では、鍼灸治療効果を最大限に引き出す治療法として柳谷素霊先生の「自律神経調整刺鍼法」、いわゆる中国医学における華佗夾脊穴を利用した治療を行っています。
 背骨に沿って自律神経は走行しており、背骨の際に鍼刺激を行うことで、直接的に自律神経系統の調整を行っています。脊髄神経は左右一対ずつ分岐し、椎間孔から脊柱管外へ出ていき、一部の神経は交感神経幹を成し、胸椎レベルから腰椎まで縦につながり、自律神経を構成します。
 背骨に沿って刺入することによって、自律神経幹付近の神経を刺激することによって自律神経を直接的に刺激する狙いがあります。

華佗夾脊穴) 
 夾脊穴は腰背部で、第1胸椎から第5腰椎棘突起下の両側で後正中線の傍ら0.5寸で、一側に17穴、左右で34穴あります。
 本穴の治療範囲は広く、胸椎上部の穴位は、心肺や上肢の疾患を治療し、胸椎下部の穴位は、胃腸疾患を治療します。腰部の穴位は、腰や腹、下肢の疾患を治療します。本穴は頸椎両側の夾脊は含まないため、後世に「頸夾脊」という経外穴が設けられました。その位置は後頸部正中線の両側0.5寸で、第1頸椎棘突起下から第7頸椎棘突起下縁の両側、左右で十四穴あります。その刺灸法は夾脊穴と同じで、頭顔部と頸項部の疾患を主治します。

脳病調整の鍼〔項叢刺法〕

 本院では、パーキンソン病や脳血管後遺症、認知症などの脳病に対して、脳底動脈循環改善を目的に後頭下筋群の調整を行っています。

 「後頭下筋群の緊張」と「精神疾患」の関連は多くの臨床家が指摘していますが、機序として考えられるものとしては「脳循環不良説」が考えられ、後頭下筋群を効率的に緩め、副交感神経を賦活する鍼施術は脳循環の改善を促すとともに不安神経症の症状の和らげることにつながるものと推測しています。
 長期間、後頭下筋群の過緊張を起こしている方は、後頭部が盛り上がっていることが多く、そのようなタイプの人は、「椎骨動脈の血流低下」から脳循環不全を生じる可能性があります。脳梗塞予防も兼ねて定期的に後頭筋群の緊張をほぐし、ケアに努めることで積極的な予防医学になると考えます。

 脳底動脈は、脳を栄養する血管である皮質動脈(前大脳動脈、中大脳動脈、後大脳動脈など)および穿通動脈に枝分かれしていくため、脳表面から脳内血管まで影響を及ぼす可能性があります。
 川の源流の流れが良くなれば川下までその影響を及ぼすことができるように、脳全体を栄養する源流血管の主幹動脈(椎骨動脈、内頚動脈)の血流が良くなることで脳循環の改善が期待できるわけです。後頭下筋群の過緊張が長期間続くと頭が重だるく眼の奥に痛みを感じ、パニック障害気分障害などの神経症の発症にもつながっていると考えています。

心(メンタル)の不調とは

 うつ病は、「気分障害」の一種に分類されます。
 気分障害とは、病的な気分と欲動の変動が続く状態をいい、正常範囲を超える気分の変動や欲動の異常が一定期間以上続く場合、「気分障害」と診断されます。

 気分障害は大きく「うつ病性障害」と「双極性障害(躁うつ病)」に分けられ、いわゆる「うつ病」はうつ病性障害の中の「大うつ病性障害」を指します。うつ病では気分が落ち込んだり、やる気がなくなったり、眠れなくなったりといった“うつ状態”だけがみられるため、「単極性うつ病」とも呼ばれますが、双極性障害はうつ状態と躁状態を繰り返す病気です。

 気分障害の類似疾患として以下のようなものがあります。

心身症

 心身症とはストレスなどの心理・社会的因子が大きく関与するものの、「身体の病気」に分類されます。日本心身医学会では、心身症を以下のように定義しています。

 『身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的因子が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし神経症やうつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外する』。
 この定義は1991年に定められて以降、変更されていません。
 心身症はあくまで身体疾患であり、その病気の「発症」や「過程」に心理・社会的因子(ストレス)が大きく影響してくるものを指します。

心気症

 自分が何かしら重篤な病気にかかっているのではないかと思い込み、強い不安が生じる精神疾患です。本院でも心気症と思われる患者さんもおられ、検査データや医師から言われたことに対してネガティブに考えてしまい、強い不安を感じられます。
 「DSM-5」の分類では、健康に対する高い不安を持ちながら身体症状のない心気症(心気障害)を「病気不安症」と位置づけています。

神経症

 神経症は18世紀の後半に初めて提唱され、俗にいう「ノイローゼ」と呼ばれることもあります。最初は「脳神経系が関与する病気全般」に対して用いられていましたが、医学の進歩とともに「心理的な病気」を意味するものへと変化していきます。20世紀に入り、フロイトが神経症理論を提唱し、ヒステリー、神経衰弱、不安神経症、強迫神経症、抑うつ神経症といった病名を確立していくことになります。  

 神経症は、「不安神経症」を指すことが多かったですが、現在は不安神経症は使われなくなってきており、「パニック障害」や「社交不安障害」、「全般性不安障害」、「心気症」などの病気に細分化されています。その他、「身体表現性障害」、「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」、「強迫性障害」、「解離性障害」、「全般性不安障害」「適応障害」なども神経症の部類に含まれます。

統合失調症

 統合失調症は、幻覚や妄想といった精神病症状や意欲が低下し、感情が出にくくなるなどの機能低下、認知機能の低下などを主症状とする精神疾患です。
 日本の統合失調症の患者数はおよそ80万人程度といわれており、世界各国の報告によると100人に1人弱がかかるという比較的頻度の高い病気であると考えられています。
 生涯有病率は約1%で、男女の発症率はほぼ等しいく、初発は15~35歳の間に集中し、比較的若い世代に多い傾向にあります。

うつ病の評価尺度

 うつ病の評価スケールにはいくつかありますが、有名なものに「ハミルトンうつ病評価尺度」があります。
 1960年にHamiltonによって発表されたうつ病の重症度を評価するための尺度で、うつ病の重症度をあらわす17項目で構成された主要17項目版とこれに追加の4項目を加えた21項目版が主に用いられています。

薬物療法

 現代医学における精神疾患治療の四本柱は、「休養」「環境調整」「薬物療法」「精神療法」です。中でも「薬物療法」の開発、発展は目覚ましく効果があり、副作用の少ない新薬が相次いで登場しています。

 鍼灸治療院で施術を受けている患者さんの多くは、抗精神薬(抗うつ薬)抗不安薬を服用されています。

 抗精神薬は、開発された順に5世代に分けられています。現在は、第一世代のTCA(三環系)よりも副作用の少ない抗うつ薬を目指して開発が進められ、新しい世代の抗うつ薬では作用の選択性を高めることで、TCAで問題となった抗コリン作用等の副作用、過量服用による危険性が少なくなってきています。安全性の高さから、外来治療においては、新規抗うつ薬(SSRI,SNRI,NaSSA)が第一選択薬となっています。

 セロトニンに対する作用が強い薬物(SSRI:選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は不安や強迫、ノルアドレナリンに対する作用が強い薬物(SNRIまたはNaSSA)は意欲や疼痛に対する効果を示すとされています。
 また、上記の抗精神病とともに抗不安薬の服用している患者も多く、そのほとんどがBZ系(ベンゾジアゼピン系)と呼ばれる薬です。

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