頚・肩凝りと伝統中医鍼灸
目次
肩凝りとともに頚の筋肉の過緊張による頚凝りの患者さんも増えています。頭部の重さは一般的に5Kg程度あり、ボーリングの玉を頸が支えている状態といえます。デスクワークやスマホ操作が長時間続くと肩部だけでなく頸部も筋疲労が生じ、頸肩部の疲れ、凝り感が生じてきます。
最近は「スマホ首」といった表現も聞かれることが多くなり、動画やSNSの操作など小さな画面を長時間見ることで頸部の過緊張から痛みを生じ、治療院に来るケースが多くあります。
このような状態を放置し、ケアを行わない場合、深部筋の過緊張から寝違いを生じやすくなり、痛みのため頸を動かすことができなくなってしまいます。寝違いは筋肉などの軟部組織に問題がり、鍼灸施術等で緩解することができますが、場合によっては頸椎レベルに負荷が生じ、頚椎症、椎間板ヘルニア、手のしびれなど器質的病態へ重症化してしまいます。
頸部や肩部には多くの筋肉が存在しており、鍼灸施術は手では届きにくい凝り固まった筋肉をほぐすことで症状の軽減が図っていきます。
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鍼灸施術
頸凝りの鍼灸施術
頸部の凝りに対する基本的な施術は、頸部後面に存在する筋群へ鍼を行います。
具体的には、僧帽筋や板状筋、半棘筋等へ鍼を行い、緊張を弛めていきます。必要に応じて斜角筋など頸部側面に存在する筋群へもアプローチを広げていきますが、これは後面の筋群が疲弊した場合、斜角筋や胸鎖乳突筋がカバーする傾向があるため、後面から側面まで鍼を行う必要が出てきます。
さらに病態が慢性化し、頸椎前部まで波及している場合は頸部前面部の深層筋へのアプローチをしていく必要があります。特に交通事故によるムチウチによるケースは多方面的に深層筋への施術は必須です。
表1 頸部筋群の解剖
起 始 | 停 止 | 作 用 | 支配神経 | |
頭板状筋 | C3~C7の高さにある項靭帯、C1~Th2またはTh3の棘突起 | 側頭骨の乳様突起、後頭骨上項線の外側部 | 頭・頸部の伸展側屈、同側回旋 | 頸神経後枝の外側枝(C2~5) |
頚板状筋 | Th3~Th6の棘突起 | 第1~2頸椎横突起の後結節 | 頸部の伸展、側屈、同側回旋 | |
半棘筋 | Th12~C3の 横突起 | Th4~C2の棘突起、後頭骨上項線と下項線の間 | 体幹、頭・頸部の伸展、対側回旋 | 脊髄神経後枝の内側枝C2~T7 |
肩こりの鍼灸施術
肩凝りと本人は思っているケースの中には頸部の筋肉が原因となることも多くあり、肩凝りの治療に際し、頸部の諸筋を弛める必要があります。解剖学的には肩部の筋肉は頸部に引っ付いているため、肩だけの治療では十分効果が出にくいためです。一般的な肩こりは、頸部の筋肉の緊張を取るとことが重要であり、鍼灸師の腕の違いが出やすい部分でもあります。
図1 頸肩部の解剖
表2 肩部筋群の解剖
起 始 | 停 止 | 作 用 | 支配神経 | |
僧帽筋 | 後頭骨の上項線、外後頭部隆起、項靭帯、C7以下全胸椎棘突起及び棘上靭帯 | 鎖骨外側1/3、肩峰、肩甲棘 | 上部:肩甲骨挙上、上方回旋 中部:内転 下部:下制、上方回旋 | 頸神経外側枝、頸神経叢の枝C2~4 |
肩甲挙筋 | 第1~4頸椎の横突起後結節 | 肩甲骨内側縁の上部1/3 | 肩甲骨挙上 | 肩甲背神経 |
菱形筋 | C6・7棘突起 Th1~4棘突起及び棘間靭帯 | 肩甲骨内側縁下縁の下部2/3 | 肩甲骨の挙上、内転、下方回旋 | 肩甲背神経 |
頚肩腕痛とは
頚椎症
頚椎症は加齢に伴う椎間板の変性により椎体間の狭窄、ルシュカ関節の骨棘形成、椎間関節の狭小、黄色靭帯の肥厚、頸椎の前弯消失や後弯などが生じ、神経などの周囲の組織が刺激されることで様々な症状を呈する疾患です。
病態により局所症状、神経根症、脊髄症があり、神経根症は保存療法で良好な経過をたどる場合が多いが、脊髄症は手術適応となる場合が多い。
局所症状 | 片側の後頸部・肩上部・肩甲間部の痛みや凝り、頸部の運動制限などを呈する。 |
神経根症 | 片側の局所症状から始まり、続けて上肢の痛み、しびれ、感覚障害、筋力低下、筋委縮などを呈する。 |
脊髄症 | 多くは片側の手指のしびれから始まり、両側上肢のしびれを呈する。進行により趣旨巧緻障害、痙性歩行、下肢の痺れ、排尿障害などが出現する。病的反射、下肢のクローヌス、レルミット徴候が認められることがあります。 |
頚椎症の鍼灸施術
頚椎症に対する鍼灸施術は、原因となる頚神経根を確定し、その神経根付近に施術を行います。一般的に片側のみの症状となりますので、側臥位にて施術を行います。
神経根への施術は、頸部側方及び後方から刺入し、神経根付近の神経促通、筋緊張緩和、局部の血流改善を行い、神経の炎症を抑制します。
高位診断は痛み・痺れの領域、筋力低下、腱反射の状態より推定しますが、筋力の低下や腱反射に異常がみられるレベルはかなり病態が重く、鍼灸不適応となる可能性があります。治療院に来られる方は、痛みや痺れのみの患者さんが多く、病院でのレントゲン結果から何番の頸椎症であるかある程度伝えられています。
病院での診察結果、出現している痛みや痺れ領域から病巣を判断し、局所に鍼施術を行います。本院ではほとんど行うことがありませんが、必要に応じて低周波鍼通電療法を併用します。
本院で行っている鍼施術は、鍼通電療法より効果がみられるため、鍼通電療法を行う必要性がありません。
表3 頸椎神経根障害(高位診断)
痛み・痺れの領域 | 筋力低下 | 腱反射減弱 | |
C 5 | 上腕外側 | 三角筋、上腕二頭筋 | 上腕二頭筋腱反射 |
C 6 | 前腕外側 | 上腕二頭筋、手関節伸筋群 | 腕橈骨筋反射 |
C 7 | 中 指 | 上腕三頭筋、手関節屈筋群、手指伸筋群 | 上腕三頭筋腱反射 |
C 8 | 前腕尺側 | 手指屈筋群 | な し |
T 1 | 上腕内側 | 掌側骨間筋 背側骨間筋 | な し |
頸椎椎間板ヘルニア
頚椎椎間板ヘルニアは、外傷や退行変性により頸椎椎間板の線維倫に断裂が生じ、椎間孔や脊柱管内へ突出、あるいは脱出した髄核などの椎間板組織が、神経根や脊髄を圧迫・刺激することで様々な症状を呈する疾患です。
発症は30~50歳代に多く、椎間板組織が外側へ脱出すると神経根症、正中へ脱出すると脊髄症をきたし、それらが合併すすることもあります。神経根症はC6/7、脊髄症はC5/6高位に好発する。神経根症の多くや軽症の脊髄症は保存療法が適応となりますが、進行する場合や重篤な脊髄症は手術が適応となるため、鍼灸不適応です。
頚椎椎間板ヘルニアの鍼灸施術
基本的な治療方針は頚椎症と同じで、病巣となる部位を確定し、局部へ側方及び後方から鍼施術を行います。椎間板ヘルニアの際は、上肢まで神経症状が出現しているため、痺れや痛みがみられる範囲まで施術を広げて行います。
椎間板ヘルニアなど神経症状が出現している場合は、数回の治療で緩解することは難しく、数カ月単位で施術を行う必要があります。コンスタントに介入することで神経の炎症を抑え、疼痛のコントロールを行っていきます。鍼施術ではヘルニアを元に戻すことは出来ません。頸部にヘルニアが存在しているが、痛みがない状態に持っていくことが治療目的となります。
具体的には、神経の興奮を抑制する目的で、局所へ深鍼・多鍼します(アルント・シュルツの法則)
アルント・シュルツの法則
刺激の強度と神経や筋の興奮性について述べた法則で、「弱い刺激は、生体機能を促進し、中程度の刺激は、神経機能を興奮させ、 強い刺激は、生体機能を抑制する」とされています。
胸郭出口症候群(TOS)
胸郭出口症候群は、胸郭出口にある生理的狭窄部位(斜角筋三角部、肋鎖間隙、小胸筋下間隙)を通過する神経や血管が周囲の組織により圧迫・牽引・摩擦刺激を受けてさまざまな症状を呈する疾患です。障害部位によって斜角筋症候群、肋鎖症候群、過外転症候群と呼ばれていた疾患を包括す概念として、1956年にpeetらによって提唱されました。
発生要因
発症要因には解剖学的異常を伴う先天性要因と後天性要因があり,複数の要因が重なることで発症のリスクが高まる.先天性要因には頚肋や斜角筋部における線維性索状物などがある.一方,後天性要因には直頚椎や猫背,なで肩体型や怒り肩体型といった成長過程における姿勢や体型の変化,趣味や職業といった生活環境因子,交通事故による外傷などが知られている.またTOSは,VDT(VisualDisplayTerminals:視覚表示端末)作業者などで不良姿勢のまま上肢を酷使する業種に多く発症することが近年注目されている.むち打ち損傷や鎖骨・肋骨骨折は胸郭出口部を構成する筋や腕神経叢が損傷しやすく,大きな発症要因となる.
分類
現在は血管性TOSと神経性TOSに大別され、血管性は非常に少なく、病態の中心は神経性とされる。
血管性は、明らかな上肢の虚血や浮腫を認める場合に疑う。
神経性は、病態により腕神経叢圧迫型と腕神経叢牽引型があるが、混合型も多いとされ、腕神経叢圧迫型は吊革につかまるなどの上肢挙上により症状が増悪します。脈管テスト(アドソンテスト、ライトテスト、アレンテスト、エデンテスト)、モーリーテスト、ルーステストで症状が誘発・増強されることが多いとされていますが、感度・特異度ともに低く、研究結果では臨床的意義が少ないとされています。ただ、ルーステストは胸郭出口症候群で陽性となる確率が高いため、本院でも徒手検査法として採用しています。
上肢の神経症状(しびれ、痛み、脱力感)や血管症状(虚血や色変、浮腫)、項頸部・肩上部・肩甲間部の凝り感や痛みを呈する。長期化により自律神経症状や精神症状を呈することもあります。
上肢の神経伝導検査で明らかな異常をきたす場合は、手術適応となります。
胸郭出口の解剖
胸郭出口部とは腕神経叢と鎖骨下動脈(静脈)が上肢へ向かう途中で通過する生理的狭窄部位のことで、斜角筋三角部、肋鎖間隙、小胸筋下間隙の3カ所に分けられます。解剖学的破格が多く、体格による個人差も多いことが知られています。
(1)斜角筋三角部
前斜角筋と中斜角筋、第一肋骨で囲まれた部分で、腕神経叢(C5-T1神経)と鎖骨下動脈が通過する。特に前斜角筋と中斜角筋の隙間を斜角筋間隙と呼ぶ。
(2)肋鎖間隙
第一肋骨と鎖骨(鎖骨下筋)の隙間で、それらの位置関係で大きさが機能的に変化する。なで肩傾向が強くなると狭小の程度が強くなり、上肢を90°外転外旋した時に最も狭くなるといわれている。
(3)小胸筋下間隙
烏口突起下で、小胸筋と胸郭外壁に囲まれた領域で、上肢挙上時に小胸筋と腕神経叢の接触の程度が強まる。肋鎖間隙と同様に、鎖骨と肩甲骨、胸郭外壁の位置関係により大きさが機能的に変化する。
図2 胸郭出口の解剖
胸郭出口症候群に対する鍼灸施術
胸郭出口症候群に対する鍼灸施術は、絞扼部位が疑われる箇所に対して施術を行います。
表4 各胸郭出口症候群に対する治療穴 | ||
胸郭出口症候群 | 病 巣 | 使用経穴 |
斜角筋症候群 | 斜角筋 | 天窓、天鼎、欠盆 |
過外転症候群 | 小胸筋 | 中府、庫房、屋翳、膺窓など |
肋鎖症候群 | 肋鎖間隙 | 兪府、気戸 |
頚肩腕症候群
頚肩腕症候群は頸、肩、腕から手指にかけての痛みやしびれ、凝り感、感覚障害、筋力低下、循環障害などの症状を呈する症候の総称です。広義では診断が可能な頚椎症、頸椎椎間板ヘルニア、TOS、肩関節周囲炎、上肢の絞扼性神経障害などもふくまれるため、臨床上はそれらを除外した非特異的な病態を狭義の頚肩腕症候群として扱う。同じく非特異的な、いわゆる肩こりも含まれる。
症状は頚肩部、肩上部、肩甲間部の凝り感や痛み、上肢の痛みやしびれ、だるさなど。頭痛、めまい・耳鳴り、睡眠障害、うつ症状、全身倦怠感を呈することがある。
頚肩腕症候群に対する鍼灸施術
頚肩腕症候群に対する鍼灸施術は、一般的に肩こりの類として施術されることが多いため、本院でも頸や肩の凝りに対して頸肩部の筋肉に施術を行います。
具体的な施術は、肩凝りおよび頸凝りの上記項目で説明している通りです。