腰痛と伝統中国鍼灸
目次
慢性腰痛とは、3ヵ月以上痛みが継続する腰痛のことを言います。軽い痛みから激痛まで、痛みには持続的なものもあれば間欠的なものもあり、特定の姿勢や動作が痛みを誘発することが多く、激痛と軽度の痛みが交互に起こったり、持続的な痛みを感じつつ、時に強みが再発する場合もあります。
慢性腰痛の70%は変性椎間板内の小外傷、椎間関節の問題、仙腸関節や靭帯の捻挫などが関与している可能性があり、腰椎の分節を構成する複数の構造的な問題が重なると、「脊椎不安定性」が出現するケースがあります。鍼灸治療では組織周囲の深部筋や神経の過緊張を緩和し、痛みの原因に対して直接的に作用させることができます。また、最近注目されている原因がはっきりしない腰痛、いわゆる「非特異性腰痛」も鍼灸適応の腰痛と言えます。
一方、慢性腰痛では身体的な要因のみならず、心理・社会的な要因が関与することが少なくなく、職場などの環境調整が必要なケースもあります。
癌や骨折のような深刻な状態は、腰痛の1%以下です。
目次
鍼灸施術
慢性腰痛の原因
本院の治療では、腰痛の主要な原因である腸腰筋に対するアプローチを中心に行っています。
軽度の腰痛の場合の多くは、指で届く表層筋の緊張・凝りが原因であり、マッサージや入浴、休息、ストレッチなどで緩解します。
慢性的に長期に続くような「慢性腰痛」については、腰部の筋肉でも中層から深層筋に問題がみられることが多く、特に頑固で強い痛みは腸腰筋が症状を誘発します。筋緊張がかなり強い場合は、神経を絞扼し、坐骨神経痛を誘発したり、ぎっくり腰を生じます。
腸腰筋への刺鍼は、一般的に鍼灸院、鍼灸接骨院で使用されている短い鍼では届かず、比較的長い鍼を使用しなければ届きません。
腸腰筋への刺鍼
腸腰筋は「大腰筋」と「腸骨筋」に大きく分類され、腰部の最も深部に存在する筋肉です。
表1 腸腰筋の解剖
起 始 | 停 止 | 作 用 | 支配神経 | |
大腰筋 | T12~L4の椎体及び肋骨突起 | 大腿骨小転子 | 股関節屈曲外旋 | 腰神経叢L1~L3 |
腸骨筋 | 腸骨上縁 腸骨窩 | 腰神経叢L2~L4 |
図1 腸腰筋の解剖
大腰筋は主に椎体側面に付着していることから、両側性の収縮により前額面上の腰椎安定性を高めます。よって、大腰筋は「グローバルマッスルとしての役割(股関節屈曲や腰椎屈伸作用)」と「ローカルマッスルとしての役割(腰椎の安定化)」の両方の性質を持っています。
腰痛の状態や症状、痛みの強度などから病巣を判断し、腸骨筋の施術部位を選定の上、鍼施術を行います。基本的には伏臥位にて施術を行いますが、必要に応じて仰臥位にて施術を行う必要があります。
股関節部や下腹部の経穴を利用するため、事前に了承頂きアプローチしていきます。
患者さんによっては立位保持ができず、料理や座位姿勢の維持、デスクワークに使用をきたす方や転倒により尻もちをついた後、立てなくなり寝たきりに近い状態で依頼を受けることもあります。かなり病態が重いため、病巣となる深層筋が複数ダメージを受けていますので、それぞれの深層筋へ直接的に施術を行い、神経を締め付けている筋肉を弛めていきます。神経の促通を図ることで数回で緩解まで至らせることができます。
ただ、腰痛の原因が腰椎の圧迫骨折や脊柱管狭窄症、椎間板ヘルニア、腰椎すべり症などの器質的な場合は即効性を担保することは出来ません。これらの原因に対してはMRIやレントゲン検査による画像診断で原因を確認していただくことも併せて行っていただくこともあります。
以前、転倒後に腰部の痛みが発症した患者さんがいました。骨折等の有無を確認した際、病院で骨には異常がないと診断を受け、深層筋群へ施術を行いましたが、2回目の施術時に痛みに変化がなかったため(施術後は腰痛はましになるが、日数とともに腰痛が戻る)、新たに施術方法を変え、施術を行いました。3回目の本院問診の際も変化がなかったため、ご本人と相談の上、異なる病院へ精査を勧めたところ「腰椎圧迫骨折」がみつかったことがありました。
今回の患者さんのように、病院によっては骨折などを見逃されるケースもあり、注意が必要です。鍼灸施術はしっかり原因を探り病巣にアプローチすることで予後がある程度判断でき、効果が乏しい場合は骨や脊髄神経などより器質的病変が疑われ、一種のスクリーニング作用が発揮されます。骨から生じた痛みに対しては、鍼治療では根本的な治療は困難で、鎮痛コントロールの対症療法レベルとなります。今回のケースではその後も本院で痛みの緩和の施術を継続し、現在も定期的に施術を行いケアに努めていただいています。
骨や脊髄神経に問題がある場合には、鍼灸施術は対症療法に過ぎず、根本的な治療を行う場合手術による観血療法が必要となります。鍼灸施術はマジカルな治療法ではなく、骨折を治したり、出ている椎間板を戻す、脊髄神経の圧迫を取るなど器質的変化を直接的に作用させることは出来ません。
脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニア、すべり症などの鍼灸施術を行う目的は、ヘルニアや椎体の滑りを戻すことは出来ませんが、痛みが出ない状態に持っていくことを目指します。
ブロック注射で効果が出なかった患者さんも本院の深層筋部への刺鍼で奏功される方が多くいらっしゃいます。鍼灸施術ができることとできないことを共有しながら疼痛緩和に向けて一緒に取り組んでいきます。
腸骨筋以外の腰痛を引き起こす筋群として、腰方形筋、多裂筋、回旋筋などがあります。これらの筋群に対しても必要に応じて弛めていく必要があり、各筋群の経穴へ刺激を行っていきます。
腸腰筋と経穴
最近の教科書には腸腰筋刺鍼が記載され、腸腰筋への鍼施術がかなり一般化されてきたように感じます。一昔前では特別な治療法であり、珍しい技術でしたが、恩師の活動やインターネットを利用した技術の公開などにより腸腰筋刺鍼が一般化されたように感じます。鍼灸国家試験問題にも腸腰筋に対する経穴が出題され、深層筋(インナーマッスル)はあまり出題されることはありませんでしたが、国家試験問題にも時代の流れを感じてしまいます。
奇穴)力針穴、腰宜穴なども面白い
腸腰筋とトリガーポイント
腸腰筋にTP(トリガーポイント)が形成した場合、図が示すよう関連痛がみられることがあります。これらの関連痛も参考にどこに病巣があるのか絞っていく上で重要な情報となります。
図2 腸腰筋のトリガーポイント
坐骨神経痛
坐骨神経痛は「根性坐骨神経痛」と「梨状筋症候群」に分けられ、根性坐骨神経痛に対しては腸腰筋への施術が奏功します。
「梨状筋症候群」は名前が示すとおり、梨状筋のスパズム(過緊張)により坐骨神経が絞扼され、坐骨神経痛様症状を誘発する症候群で、Robinson(1947)によって名称が提唱された概念です。
臀部から下肢(坐骨神経に沿った)にかけての疼痛、坐骨神経支配部の感覚異常、股関節部痛、下垂足や坐骨神経由来の筋萎縮などの坐骨神経圧迫症状を呈することがあります。
診断法としては、臀部および下腿外側、ふくらはぎに坐骨神経様症状の痛みなどの感覚障害がみられます。腰椎椎間板ヘルニア等の症状と区別がつきにくく、梨状筋部の圧痛やK・ボンネットテスト,ペーステスト,フライバーグテストなどの徒手検査法の陽性により診断が下されます。
坐骨神経の走行には破格がみられるため、診断が難しいケースも多々みられます。個人的には坐骨神経痛の多くは、根性坐骨神経痛であり、梨状筋症候群と思われる症例はそれほどみられない印象があります。
梨状筋症候群の鍼灸施術
梨状筋症候群への鍼灸施術は、坐骨神経の疼痛閾値の上昇及び血流の改善,梨状筋を中心とする周囲筋群の過緊張の緩和を目的に行います。
梨状筋上に存在する経穴として、足太陽膀胱経の「胞育穴」と「秩辺穴」があり、施鍼の際のランドマークとなります。各経穴に施術することで梨状筋中に刺入されると坐骨神経走行に沿った得気、ひびきが生じます。
梨状筋の解剖
梨状筋は臀部の深層部に存在する筋肉で、直下を坐骨神経が走行しています。
図3 梨状筋と坐骨神経
表2 梨状筋の解剖
起 始 | 停 止 | 作 用 | 支配神経 | |
梨状筋 | 仙骨前面上方 | 大転子の上縁 | 股関節外旋 | 仙骨神経叢 L5~S2 |
梨状筋とトリガーポイント
図4 梨状筋とトリガーポイント
梨状筋上のトリガーポイントは診断にも有用ですが、治療ポイントとして経穴と同じ位置にあり施術部位として重要です。
脊柱起立筋や多裂筋等への刺鍼
脊柱起立筋は背中に存在する筋肉群で、腸肋筋、最長筋、棘筋の三つの筋肉の総称をいいます。必要に応じて脊柱起立筋にも施術を行います。
本院では、起立筋を個別に施術せず、基本的には「華佗夾脊鍼」を応用して起立筋群を弛めていきます。
表3 脊柱起立筋の解剖
起 始 | 停 止 | 作 用 | 支配神経 | |
腸肋筋 | 腸骨稜、仙骨前面、第3~12肋骨の肋骨角上縁 | 第12~1肋骨の肋骨角、C7~C4横突起 | 体幹、頸部の伸展、側屈 | 脊髄神経後枝の外側枝C8~L1 |
最長筋 | 腸骨稜、胸腰筋膜、仙骨・腰椎の棘突起、第6胸椎~第3頸椎の横突起 | 全腰椎の副突起・肋骨突起、Th12~C2横突起の後結節、側頭骨の乳様突起、第3~12肋骨の肋骨角 | 体幹、頭・頸部の伸展、側屈 | 脊髄神経後枝の外側枝C1~L5 |
棘 筋 | 第2腰椎~第11胸椎、および第2胸椎~第6頸椎の棘突起 | 第9~2胸椎、第4~2頸椎の棘突起 | 体幹、頭・頸部の伸展 | 脊髄神経後の内側枝C2~Th 12 |
腰痛の場合は、起立筋よりも多裂筋、腰方形筋へのアプローチが重要と考え、起始停止などを指標として深刺・多鍼にて筋肉をほぐしていきます。
特に腰椎から仙骨移行部の多裂筋は、ストレスがたまりやすくトリガーポイントが形成し、腰痛を発症します。マッサージでも緩ませることができますが、効率的かつ効果的に腰の痛みを取ることができます。
表4 多裂筋、腰方形筋の解剖
起 始 | 停 止 | 作 用 | 支配神経 | |
多裂筋 | 仙骨の後面、全腰椎の乳様突起全胸椎の横突起、C7~C4頸椎の下関節突起 | 第2頸椎以下すべての椎骨の棘突起 | 体幹、頭・頸部の伸展、対側回旋 | 脊髄神経後枝の内側枝 C3~S3 |
腰方形筋 | 腸骨稜、腸腰靭帯、L2~L3の肋骨突起 | 第12肋骨の下縁、L1~L4肋骨突起および第12肋骨 | 腰椎の側屈 | 腰神経叢の枝Th 12~L3 |
腰痛とは
腰痛は一生涯に約8割の人が経験するといわれています。これは、腰痛の原因のほとんどが腰椎の退行性変化を基盤として、そこに力学的負荷が加わることで発症すると考えられ、避けようがない人体の構造上の変化に起因することが理由に挙げられています。最近では、明らかな原因が見つからないケースを「非特異的腰痛」と呼ぶことがあり、器質的な要因がないもので心理的要因が深くかかわっていると考えられています。
腰椎の退行性変化とは、その機能単位の破綻を意味します。腰椎の機能単位は椎骨、椎間板、椎間関節からなり、最も早くに変性するのが腰椎の前方を支持する「椎間板」であり、続いて変性が生じるのが後方を支持する椎間関節で、これら支持組織の機能・構造が破綻することにより、骨増殖性変化が引き起こされ、これが痛みの主因となると考えられます。
腰痛とレッドフラッグ
腰痛は様々な原因により生じ、代表的なものとして下記のものがありますが、一部危険な腰痛もあり、危険性のある腰痛の徴候をまとめて“レッドフラッグ”と言われています。代表的なものを下記に示します。
表5 重篤な脊椎疾患の合併を疑うべきred flags
- 発症年齢(20歳代または)55歳以上
- 時間や活動性に関係のない腰痛
- 胸部痛
- 癌、ステロイド治療、HIV感染の既往
- 栄養不良、体重減少
- 広範囲に及ぶ神経症状
- 発熱、構築性脊柱変形
腰痛診療ガイドライン2019
腰痛は悪性腫瘍や炎症性疾患、循環器系、消化器系、神経系、泌尿器科系あるいは婦人科系に類する内臓器の問題に起因することもあり、注意が必要です。
司馬遼太郎氏は、腹部大動脈瘤破裂で命を落としてしまいましたが、長らく坐骨神経痛に悩み、マッサージや鍼灸など日ごろから施術を受けていたそうです。どうもこの坐骨神経痛は、腹部大動脈瘤が腰の神経を圧迫して発症していたようで、最終的に大動脈瘤の破裂を生じてしまいました。
また、阿藤快氏も同じ大動脈瘤破裂で亡くなりましたが、日ごろから背中の痛みを訴え、舞台の共演者らにマッサージをしてもらったこともあったようでしたが、内臓器から来る背部痛の鑑別ができず69歳でこの世を去っています。
背部痛や腰痛でも症状がひどい、鍼灸施術しても痛みの程度が変わらない場合などは、一度CT(コンピューター断層撮影)検査など行うことも必要と考えます。問診等だけで大動脈瘤を見分けることは困難であり、60歳過ぎたら予防検診としてCT検査が推奨されます。腹部大動脈瘤及び大動脈解離は、60歳以降危険率が上昇し、70歳代が最も多い報告が出ています。
腰痛の客観的評価指標
腰痛の客観的評価指標として、「RDQ」があります。
RDQ(Roland–Morris Disability Questionnaire)は、腰痛による日常生活の障害を患者自身が評価する尺度で、24項目からなります。
腰痛のために、「立つ」、「歩く」、「座る」、「服を着る」、「仕事をする」などの日常の生活行動が障害されるか否かを、「はい」、「いいえ」で尋ねるもので、0点から24点の範囲で得点化され、高得点ほど日常生活の障害の度合いが高いことを示します。
筋膜性腰痛
下肢症状を含めた神経学的異常所見を認めず、腰痛を引き起こす疾患にも当てはまらないものを本症としてするものが多く、筋・筋膜に由来する腰痛を指します。
腰椎の変性家庭の中でまず起こってくるのが、椎間板の亀裂やヒビ割れで、この段階では画像上は明らかな異変として描出されないことも多い。しかし、椎間板辺縁部の変性は同部を支配する脊椎洞神経へ刺激が入力されることにより、同じ高位の脊髄神経後枝へも反射性の影響を及ぼし、同神経の支配領域である脊柱起立筋に異常を来たします。その結果として、腰部の筋痛を引き起こすため、本症の根本に腰椎の退行変性が共存していることが多い。
症状として、下肢症状を含む神経学的異常所見を伴わない腰痛で、症状を訴える部位(筋肉)の収縮、伸展による痛みの増悪がみられます。また、運動時痛も生じる。
理学的検査や画像所見など異常所見を認めず、他の腰痛を引き起こす疾患が除外され、かつ腰部の筋肉に圧痛点、トリガーポイントなどがみられた場合に本症と診断されます。
筋膜性腰痛に対する鍼灸施術
基本的な鍼灸施術における治療方針は、圧痛点を参考に行います。腰部に存在する脊柱起立筋や多裂筋など表層または中層筋群に対して施術を行い、筋膜リリースを施します。
鍼灸施術は筋膜リリースに対し効率的かつ効果的に作用させることができ、腰痛の中で最も適応する疾患といえます。
ぎっくり腰
ぎっくり腰は「急性腰椎捻挫」とも呼ばれ、若い世代からシニア世代まで起こる急性腰痛症です。
ぎっこり腰の原因は詳しく解明されていませんが、多くの原因は筋肉性で、筋肉の硬直により神経を絞めつけて起こるケースや硬直している状態で重いものを持ったり、急な体動により筋肉損傷を起こすことなどで発症します。このようなぎっくり腰を本院では「筋肉性ぎっくり腰」と称しています。
筋肉性ぎっくり腰は鍼灸が奏功し、多くのケースで緩解させることができます。自然寛解することもありますが、その場合比較的日数がかかり、その間に仕事や日常生活に伴う腰への負担から治りが悪く、悪化することもあります。その間、鎮痛薬やマッサージなどでケアを図る方も多くおられますが、なかなか治らないため本院に問い合わせ頂くことが多いです。痛みがあるものの長時間立位での仕事をしなければならなかったり、友人とゴルフを断り切れず我慢しながらプレーし、悪化させてしまう方など様々です。
腰椎椎間板ヘルニアなど神経の炎症により「神経性ぎっくり腰」については、そう簡単に緩解することはありません。かなりの時間を要します。椎間板や靭帯の肥厚などにより腰神経や脊髄が圧迫を受けることにより生じる「急性腰痛」、「ぎっくり腰」は神経が炎症を起こしており、深層筋を弛めたところで緩解しません。神経を圧迫している原因を手術で取り除かなければ基本的に完治することはありません。ただ、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症など鍼灸治療や神経ブロックなどの方法を長期間介入させることで神経の炎症が治まり、痛みが治まってきます。どれだけ神経を圧迫しているかで鍼灸治療の効果は大きく異なり、レッドフラッグサイン、膀胱直腸障害がみられる場合は鍼灸不適応であり、速やに医療機関に受診していただく必要があります。
このように「神経性ぎっくり腰」は重度であるため、鍼灸治療も長期間施術する必要があったり、不適応となる場合があります。筋肉性と神経性の鑑別は、下肢の神経症状があるかないかで判断でき、「神経性ぎっくり腰」は、下肢の痺れや下肢筋力低下、腱反射減弱、SLRテスト陽性など神経学的検査に異常がみられます。
ぎっくり腰の鍼灸施術
即効性のあるぎっくり腰は、「筋肉性」のものであり、傷めた筋肉により回復の程度は異なります。
浅・中層筋群が原因のぎっくり腰は1回の治療で効果がみられることが多く、施術後には痛みがなくなりびっくりされることもあります。深層筋部のぎっくり腰は、症状もひどく歩くことや立ち続けることが困難となり、来院することも難しく、そのようなケースでは往診依頼されます。このような重症例では、ベッドに座り寝る動作、寝てから起き上がる動作に大きな制限が出るため、ほぼ寝たきりの状態で数週間、ひどい場合は1か月以上ベッド上で過ごされてしまう方もいます。
ぎっくり腰の治療は、筋肉性と神経性により施術する部位が異なり、筋肉性の場合は原因となっている筋群、脊柱起立筋、腰方形筋、大腰筋等にアプローチしていくことになります。
神経性の場合は、より深部まで施術する必要があり、神経ブロックと同じように神経根または腰神経叢、仙骨神経叢、脊椎洞神経など神経へのアプローチを考慮して施術を行います。必要に応じて、低周波鍼通電を行い、閾値の上昇を図ります。
腰部脊柱管狭窄症
様々な原因により脊柱管や椎間孔が狭くなることで、馬尾や神経根といった神経組織や血流の障害が生じて症状を呈するものをいいます。
発生部位としては腰部が多く,次いで頸部にみられやすく、腰椎部に派発生する脊柱管狭窄症を「腰部脊柱管狭窄症」という。原因として、加齢による変性(変性脊椎すべり症、変形性脊椎症)があります。50歳以上の有病率は10%を超え、第4、5腰椎に好発します。
下肢痛を主体とした単根性障害の神経根型と、下肢・会陰部のしびれ感などの異常感覚を主症状として多根性障害を呈する馬尾型および両者が合併した混合型に分類されます。
神経根型の自覚症状は単根性の下肢痛が多く、しびれ感などの異常感覚は単独では少ないです。また、片側性が両側性より多い傾向が出ています。それに対して馬尾型は、下肢や臀部のヒリヒリ、ジンジン、チクチクなどの異常感覚や下肢の脱力感を呈するもので、神経根型のような疼痛は訴えず、症状は両側性で多根性が多い。また、膀胱直腸障害や陰茎勃起、会陰部の灼熱感などの症状も馬尾型では認められることがあります。馬尾の圧迫により、仙髄排尿中枢の末梢で骨盤神経が障害され、膀胱の知覚、膀胱利尿筋の収縮とともに障害されることがあり、尿排出障害が起こると考えられています。
椎間板ヘルニアでは前屈が制限されるのに対し、脊柱管狭窄症では前屈より後屈が制限されやすい。下肢の症状を誘発させる後屈保持テストは馬尾型に、ケンプテストは神経根型に症状の出現が多く認められています。アキレス腱反射の低下・消失は、神経根型、馬尾型、混合型の多くの狭窄症で認められますが、特に両側のアキレス腱反射の変化が馬尾障害に多く認められます。
両側の下肢筋力低下、筋萎縮、知覚鈍麻などの神経脱落症状は馬尾型や混合型に多く認められます。また、脊柱管狭窄症と末梢動脈疾患(閉塞性動脈硬化症)の鑑別は重要で、脊柱管狭窄症による間欠性跛行は血管性とは異なり、前屈(腰椎前屈位)で改善し、下肢動脈(後脛骨動脈、足背動脈)の触知も可能です。
腰部脊柱管狭窄症に対する鍼灸施術
腰部脊柱管狭窄症は高齢者に多く,合併症のため観血療法が困難な症例が多いことから、保存療法としての鍼灸治療の価値が高まっています。
鍼灸臨床においては、神経根型は保存療法の適応と考えられますが、馬尾型は保存療法で効果をみることが少なく、特に膀胱直腸障害、麻痺症状のあるものは不適応となり,観血療法の対象となります。
神経根型の大半は鍼治療の直後、自覚症状の軽減が認められ、累積効果も認められると報告されています。そのため、鍼灸施術にあたっては、無症候性の神経圧迫状態にすることが施術目標となります。
神経根型に対する鍼灸施術は、有効性があり、QOLの向上とその維持が可能となり、本疾患に対して有効性が認められています。
粕谷氏の論文報告では、発症発現因子といわれている神経の動的圧迫や神経炎症・血流障害に対し、鍼治療が病変局所近くの神経根出口付近や椎間関節周囲の軟部組織の緊張を緩和させ、疼痛症状を改善するとされています。
脊椎分離・すべり症
椎弓を構成する上・下関節突起の間に存在する関節突起間部の連続性が絶たれた疾患が脊椎分離症であり、分離した椎体が下位椎体に対し前方へすべり出した疾患が脊椎分離すべり症です。
脊椎分離症・脊椎分離すべり症は、腰椎に多くみられ、ともに好発部位はL5ですが、他の脊椎部位でも発生することがあります。成長期のスポーツ障害によるものが多く、過度の腰椎後屈による関節突起間部へのストレスが繰り返されることによる疲労骨折が原因で起こると考えられています。
椎骨の一部である椎弓部に亀裂が生じることによって、脊椎分離は発症します。生まれつき離れている先天性の例もありますが、ほとんどの場合は転倒や過度な伸展負荷などに伴う疲労骨折がかかることで微小な骨折が生じやすい。脊椎分離すべり症は脊椎分離症から進行して生じます。さらなる負荷が加わると、完全に椎弓の分離部が破綻して椎体が前方にすべり、椎間関節や周辺の靭帯に影響を及ぼします。
椎体のずれの量が大きいほど、椎間関節や靭帯に刺激が加わり、その分だけ痛みも大きくなります。
脊椎分離症では腰部の鈍痛や疲労感があり、坐骨神経症状(片側あるいは両側の下肢痛・痺れ)をみることは少ないですが、脊椎すべり症では坐骨神経症状を呈することがあります。
罹患腰椎の棘突起に圧痛を認め、脊椎すべり症では、視診や触診で患部に陥凹を認め腰椎の前彎増大が起こります。
スポーツ活動の多い10歳代に多く、腰椎の叩打痛や分離部の圧痛が特徴となります。体幹部の後屈で症状の増悪が起こり、他動的な後側屈(ケンプテスト)で放散痛が認められる。
脊椎分離症は、X線側面像で第5腰椎と仙骨の間(L5/S1)で認めることが多い。また、45°斜位像では脊椎分離部を含む周辺像はテリア犬のような形を作りますが、脊椎分離症ではその首輪部分の離断が描出されます。
脊椎分離・すべり症に対する鍼灸施術
鍼施術により、すべり症が生じている腰椎深部の筋肉の緊張を緩和することで、局部の神経および血液の流れを促進し、痛みの緩和を図っていきます。来院される患者様の多くは鎮痛薬の服用や貼付薬を行っていますので、鍼施術とともに併用いただくことが多くなります。ただ、薬を飲んでも痛みが収まらないことを理由に来院するケースもあり、鎮痛薬の服薬状況を確認し、患者様とともにより良い環境を模索することも必要になります。また併せて、腰部に負担をかけないようにすることも緩解に向けて重要な点でもあるため、運動力学的側面からアドバイスにより日常にて取り入れていただいています。
腰椎圧迫骨折
通常、骨は加齢とともに脆弱化しますが、健康状態の悪い若年者でも骨の脆弱化は生じ得ます。骨の脆弱化により骨強度が低下すると、転倒や急な体の動作により、脊椎が圧縮され、椎体のヒビ、骨折が生じます。特に重力がかかりやすい胸・腰椎移行部に生じやすい特徴があります。腰椎圧迫骨折は骨粗鬆症に多くみられます。
骨粗鬆症は骨を脆弱化させる最も主要な原因で骨折を伴いやすく、骨に含まれるミネラル量が減少すると骨密度が低下し、骨折しやすくなります。女性は、ホルモンのバランスが大きく変化する閉経後に骨粗鬆症になる割合が高まりますが、男性も加齢に伴いある程度は骨粗鬆症になります。ヘビースモーカー、アルコール依存症、運動不足、その他にも摂食障害(拒食症など)後や、体重が増えず極度に痩せている場合は、骨粗鬆症になるリスクが高まります。近年では栄養状態の偏りや過度なダイエットなどによる若年層での発症が問題になっています。
脊椎圧迫骨折が発生した場合は、腰や背中に突然の激しい痛みを伴います。下位腰椎が骨折すると痛みは骨盤付近に出現し、神経が刺激されると下肢に痛みやしびれが起こる場合や上背部(胸椎)の骨折では、胸への放散痛や呼吸苦を伴うこともあります。痛みが軽減し、ある程度動けるようになるまでに数週間かかってしまいますが、脊椎圧迫骨折は特別な治療を受けなくても数週間で自然に治癒します。
腰椎圧迫骨折に対する鍼灸施術
新鮮例に対しては一定期間の安静臥床が必須であり、鍼灸治療は得策とないえません。また、高齢者の方は痛みに関する感受性の低下から圧迫骨折を発症していても強い痛みがなく、通常の腰痛として来院されることも少なくありません。
基本的には鍼灸施術は不適応であり、必要に応じて対症療法としての鎮痛コントロールとしての鍼灸施術に留まります。
腰椎椎間板ヘルニア
椎間板は椎体と椎体の間に存在し、脊椎にかかる衝撃を和らげるクッションの役割をしています。椎間板は、中央に位置するやわらかいゼリー状の組織と、線維性の硬い外層で構成されており、外層に亀裂が生じ、中心部にあるゼリー状の組織(髄核)が飛び出すと、突出部位周辺の神経根や馬尾神経を圧迫することがあります。
日常生活でのいかなる動作であっても椎間板に過負荷がかかると、椎間板ヘルニアになる可能性が高まります。頸椎でも発症しますが、腰椎で発症しやすい特徴があり、椎間板の変性及び亀裂は、加齢に伴い生じやすく、中年層の人が急に腰をかがめたり、重量物を不安定な姿勢で持ち上げるとヘルニアを発症する可能性が高まります。
好発年齢は20~40歳代であり、約2~3:1で男性に多い。好発高位は、L4/5が最も多く、次いでL5/S1で、L3/4から上位の発生頻度は低いですが、高齢になるに従いL2/3、L3/4の発症率が高くなる傾向があります。
腰痛及び片側性の下肢放散痛やしびれを認めることが多く、疼痛による側弯・跛行がみられることがあります。運動によって増悪し、安静で軽減することが多い。多くは後方や後側方に髄核が突出します。障害神経根によって症状が異なり、L4神経根では下腿内側、L5神経根では大腿外側~下腿外側と時に足背内側、S1神経根では大腿後面~下腿後面と時に足背外側の痛みを訴えることが多い。重症になると会陰部の痺れや灼熱感、膀胱直腸障害などが出現します。
急性期では、下肢伸展挙上テスト(陽性:L5またはS1神経根障害)か大腿神経伸展テスト(陽性:L2~L4神経根障害)が陽性となります。また、ヴァレーの圧痛点を呈することが多く、障害神経根に対応した深部反射の減弱・消失、感覚障害や筋力低下などが出現します。
また、頸椎でもヘルニアは発症し、肩や腕、場合によっては手指まで痛みが放散し、顔を左右も向けたり頸部を前後に動かすことが困難になる場合があります。痛みは通常、片側性です。
表6 腰椎椎間板ヘルニアの診察ポイント
障害神経根 | 責任椎間高位 | 感覚障害 | 筋力低下 | 深部反射 | 徒手検査 |
L 4 | L3/4 | 下腿内側 | 大腿四頭筋 前脛骨筋 | 膝蓋腱反射 減弱または消失 | 大腿神経伸展テスト |
L 5 | L4/5 | 大腿外側~下腿外側 時に足背内側 | 前脛骨筋 長母趾伸筋 | ー | 下肢伸展挙上テスト |
S 1 | L5/S1 | 大腿後面~下腿後面 時に足背外側 | 下腿三頭筋 長母趾屈筋 | アキレス腱反射 減弱または消失 | 下肢伸展挙上テスト |
腰椎椎間板ヘルニアに対する鍼灸施術
下肢に力が入らず、筋力が著しく低下し、歩行が困難がみられる。または、膀胱直腸障害などの脊髄症状がみられるヘルニアの重症例については鍼灸不適応となります。鍼灸施術を繰り返しても完治することはありませんので、速やかに医療機関での診察、手術療法の検討が必要です。
また、鍼灸施術により、椎間板ヘルニアがなくなることはありません。一部の研究では、マクロファージなどの細胞が突出した椎間板を貪食する報告もなされていますが、基本的には手術で取り除かない限り、線維輪からはみ出したヘルニアを元に戻すことは出来ません。
鍼灸施術の目的は、ヘルニアが存在していいても痛みがなく、生活に支障がない状態である「無症候性の腰椎椎間板ヘルニア」の状態へ移行させることにあります。多くの腰椎椎間板ヘルニアでは、無症候状態にまで至らせることができ、痛みなく仕事ができる、運動やトレーニングができる状態まで回復されます。
ただ、椎間板ヘルニアは存在していますので、体重が急激に増えたり、筋力が衰えてきたり、腰に負担がかかる長時間の立位や重い荷物の上げ下ろしなど酷使されると、椎間板への負荷が増し、足の痛みや痺れなど症状が再発してしまいます。
鍼灸施術により痛みが緩和されたとしてもその後の養生は続けていただく必要があります。
椎間関節性腰痛
腰椎の変性過程の中で、椎間板に続いて変性が生じるのが腰椎支持組織後方要素の椎間関節であり、同部に関節症性の変化をきたした状態を椎間関節性腰痛という。椎間関節部が棘突起間の外方2㎝程度であることから、同部に圧痛がある場合を本症を特定する指標とすることもあるが、浅層組織の異常を検知している可能性もあることからあくまでも参考程度とされます。
関節症の特徴である動作開始時痛を認めることが多い。
症状としては、下肢症状を含む神経学的異常所見を伴わない腰痛で、動作開始時痛があり、時に関連痛として、大腿後外側に違和感や痛みを訴える場合があります。患側の椎間関節への負荷が増大する動作(患側への後側屈)による症状の増悪があります。
ケンプ徴候肢位により椎間孔狭小による下肢への放散痛はありませんが、椎間関節への負荷による腰痛の再現・増悪を認めることが多い。腰部の他動的回旋時痛や画像所見により椎間関節部の退行変性を認めることが多い。
椎間関節性腰痛の鍼灸施術
椎間関節性腰痛が強く疑われる部への刺鍼します。椎間関節は脊髄神経後枝の支配領域であり、同神経の他の支配領域への刺鍼でも椎間関節性腰痛の改善が期待できることから問題となる椎間関節部周囲に多鍼・深刺していきます。
変形性腰椎症
椎間板、椎間関節の変性が進行し、骨棘などの骨増殖が起こり、症状が出現した状態を変形性腰痛症という。一方、本症は変性がある程度進行した状態であることから、圧倒的に高齢者に多い。また、椎間関節部の変性を含むことから、動作開始時痛がみられるケースが多い。
症状としては、下肢症状を含む神経学的異常所見を伴わない腰痛で、動作開始時痛が生じることがあります。理学的検査における異常所見は認めず、単純X線画像において腰椎の明らかな変性を認めます。
仙腸関節痛
仙腸関節は腸骨と仙骨からなる下肢と体幹をつなぐ関節です。上半身の過重を支え、下肢からの衝撃を受け止めるため、周囲靭帯の損傷、関節炎、退行変性など、障害を起こすことも多い。荷重関節としての過負荷はもちろんのこと、女性の妊娠・出産に関連した周囲靭帯の弛緩も発症原因の一つとされています。
仙腸関節部を中心とした腰臀部痛が出現し、時に関連痛として鼠径部痛や下肢痛を伴うことが多い。
仙腸関節部に自覚的痛みや圧痛があり、ニュートンテスト、ゲンスレンテストなどが陽性となることが多い。また、パトリックテストの肢位により仙腸関節部に痛みが出現することがあるため、鑑別検査として活用することも可能。
仙腸関節痛に対する鍼灸施術
本院では、純粋な仙腸関節痛はほとんどみられないと考えています。理由としては、腸腰筋刺鍼で緩解してしまうことが多く、腸腰筋部の過緊張による痛みを仙腸関節部の痛みとして誤認してしまうケースが多いからです。膝窩の痛みを膝前面部に痛みを感じてしまう状態と同じように、人間の脳は痛む部位に多少の誤差が生じてしまうようです。
仙腸関節部に刺鍼し、繰り返し治療をしても緩解することはなく、仙腸関節部の前に存在する腸腰筋部分へ刺鍼することが重要となります。仙腸関節への手技やマッサージなど施しても効果がない場合は、特に腸腰筋部分が影響した仙腸関節痛様の症状と据えることができます。