尺骨管症候群と中国鍼灸

1.概念

   尺骨神経は、手関節においてGuyon管(尺骨神経管)と呼ばれる部位を通過します。このGuyon管(尺骨神経管)が何らかの原因によって狭窄を起こすことで、絞扼性障害を引き起こします。

   尺骨神経はGuyon管(尺骨神経管)において、浅枝(知覚枝)、深枝(運動枝)に分枝します。このGuyon管は、絞扼される部位によって3ないし4種類のゾーンに分けて分類(Shea JD,1969,Kuschner S,1988,Gross MS,1988)されていますが、分枝や走行パターンに様々なタイプがあるため部位診断は困難です。また、Guyon管(尺骨神経管)に関与する筋の破格は相当多く見られ、これらの筋・腱の走行異常が絞扼の原因となります。さらに、神経走行には様々な分岐や吻合があるため運動麻痺も教科書とおりとはならず、麻痺が認められない場合や典型的な「鷲手変形」が認められないこともあります。このような場合には、他の神経の障害、肘部症候群やさらに中枢での尺骨神経麻痺との鑑別に苦慮することもあります。

   神経や筋・腱の走行など、内部の状態は手術や部検によってのみ確認できることであり、保存的治療では不可能です。しかし、鍼灸の臨床において必要なことは、内部の構造を知ることでも確定診断をすることでもなく、触診によって異常を察知し、原因部位を推定して病態に即した治療を行うことにあります。

  手術によって確認された本症の原因としては、Guyon管(尺骨神経管)への外傷、腫瘍・ガングリオンなどの占拠性病変、筋の破格による異常走行、および動・静脈の異常走行などが挙げられます。外傷では、ソフトボール投手の小指球を大腿外側に当てる投球動作、そば職人の延棒による小指球への反復外傷、競輪における、走行中のブレーキに小指球を強く当てる動作など、Guyon管への直接的な反復外傷が原因となっています。

   鍼灸臨床においては、不慣れな作業やover useを原因として発症する者が多く、ほとんどが軽症例です。特発性で運動麻痺が軽微な初期の段階では、鍼治療によって早期に軽快します。なお、一般的に行われている温熱療法や低周波電気刺激などはむしろ有害であり、保存的治療の意味をなすものでないと考えます。(小川義裕先生資料)

2.病態生理(機序)

 ryuzaisinkyu_ギヨン管01  Guyon管(尺骨神経管)は、豆状骨と有鈎骨鈎に挟まれ、横手根靭帯を底面として、屈筋支帯と長掌筋腱、および短掌筋によって被覆された構造をしています。しかし、神経の直接的な背面は、豆状骨から有鉤骨鉤までにおよぶ尺側手根屈筋腱とその斜め遠位橈側に位置する有鉤骨に付着する小指対立筋です。すなわち、豆状骨と有鉤骨鉤を側面の壁として、前後を、尺骨手根屈筋腱および小指対立筋と、屈筋支帯、長掌筋腱、および短掌筋で覆われた構造をしています。

   屈筋支帯下への入り口部分と出口、浅枝が短小指屈筋や小指対立筋を貫いて出る部位、および破格によって生じた長掌筋から屈筋下や豆状骨へ付着する腱弓などが絞扼部位となります。

   解剖標本では、Guyon管(尺骨神経管)を構成する筋の破格は46.2%に存在し、中でも、小指外転筋が最も多く61.5%、長掌筋は8.6%であったとする報告があります(Dodds et al,1990)。Guyon管(尺骨神経管)に破格が存在する者では、同時に、長掌筋の破格を伴うことが多く、このような場合には起始と停止が逆転して筋腹が屈筋支帯に停止し、豆状骨との間に腱弓が形成されます。(Spiner.M.1967, Mounir N Ghabriel,2013)。また、長掌筋より起こる副掌筋がGuyon管(尺骨神経管)を横断して小指球筋や豆状骨に付着するものなども報告されています(Thomas 1958)。これらの報告にある長掌筋の異常が絞扼の原因となります。また、副短小指屈筋が前腕筋膜より起こり、短指屈筋に停止することで尺骨神経を圧迫した症例なども報告されています(Swanson 1972)。この他には、腱の巨細胞腫(Hayes CW. ,1978, Milberg P,Kleinert HE.,1980,Dodds GA, Hale D,1990)、ガングリオン(Sung Soo Kim,2009,Kitamura T.,et al.,2000)による圧迫や、動・静脈がGuyon管を横走して圧迫していたもの(Sung Soo Kim,2009)などが報告されています。

3.症状(診断)

   症状は、手首と尺骨神経支配域(ulnar 2 digits)に放散する、痺れ、疼く様な、焼ける様な痛みで、運動や手首の屈曲、および夜間に悪化します。

   痛みは無く、痺れ感で発症して急速に運動麻痺が進行するケースも多く存在します。触診によるepの検索は困難です。また、本症に特異的な誘発テストもありませんが、長掌筋が関与する場合には、手根管症候群と同様にPhalen’s testが陽性となります。抵抗負荷による、長掌筋、尺側手根屈筋、短小指屈筋の運動による症状の誘発は、本症診断と絞扼部位を知る手がかりになります。

鷲手_img005   鷲手変形の有無や、骨間筋の麻痺による指の内・外転障害を調べますが、知覚検査と同様に神経の分枝の破格や吻合の存在があるため決定的とは言えません。また、肘部管症候群、胸郭出口症候群、および頸椎症性神経根症との鑑別が必要です。

   神経伝導速度測定、超音波、およびMRIは有力な検査法ですが、開業鍼灸師の立場では扱うことはできません。当然ながら、鍼灸の臨床においては、腫瘍やガングリオンの存在は触診にてある程度は確認できるものの、破格筋の構造や動・静脈の異常が器質的要因であったとしても、over useなどによる筋の過緊張が、発症の直接的な引き金となっていることが多く、Guyon管(尺骨神経管)を構成する筋群の緊張緩和が治療のターゲットとなります。

   したがって、鍼治療の臨床において、鍼治療の臨床においては、Guyon管(尺骨神経管)の構成に関与する筋群の緊張状態の確認と緊張緩和によって、症状を変化を診ることで治療的診断となります。

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